転機を「正しく」受け取れますか?

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皆さんこんばんは角松利己です!

 

コロナウィルス禍は私に、「家族とともに過ごす時間」をもたらしました。そして他の多くの方も自宅にいる時間が長くなることで、同じような状況にあるのではないでしょうか?

 

今回の記事では、コロナウィルスが

「家族とともに過ごす時間を通して自己を見つめる、大いなる転機」

となっていること、そして

「転機を通して気づいてほしいこと」

について書いていきます。

 

 

仕事と無為の20年

25歳で教師として採用され45歳までの20年間は、仕事一色でした。

 

最初に就いた運動部顧問は野球部。授業に不安のあった私は放課後の部活にはほとんど顔を出さず、当時は夜8時まで開いていた教務室でずっと教材研究の日々を送っていました。ただし、野球部にゴールデンウィークはありませんでした。必ず春季地区大会がその期間にあり、試合に負けても大会運営のため出ずっぱり。一日中グラウンド整備や駐車場の誘導係を務め、夕方にはクタクタになって帰る。それが5年間続きました。

 

異動先でサッカー部顧問になってからは、土日のうちの1日は必ず部活動か試合。土曜の部活指導で半日学校に来ると、残る半日は平日にできなかった仕事を教務室で済ませることが普通でした。収穫もたくさんありましたが、結局、忙しい日々が15年続きました。

 

日曜は、「疲れている」ことを言い訳にして、遊びにも出かけない。チャレンジもしない。

独身の時はアパートにいてダラダラと過ごす。幸い、結婚後はパートナーの存在が大きく、いろいろと刺激を受けて動かざるを得ない機会が増えました(笑)。でも、もし結婚していなかったら、きっと何歳になっても仕事にかまけた生活が続いたのだろうと思うと、ゾッとします。

 

 

ウィルス禍は、家族がともに過ごす時間をもたらした。

 現在、勤務校では臨時休校措置が取られ、部分的には在宅勤務も導入されました。

娘の通う小学校も休校です。午前中は小学校から出された課題。終われば通信教育の課題。午後はフリー。YouTubeにスマホゲーム。運動不足の解消にトランポリンを購入。夕方はサイクリングか犬の散歩。

 

「家族が一つ屋根の下に長くいるようになったことでストレスが高まり、深刻な問題を引き起こしている部分もある」。そんな報道も目にします。しかし、私は仕事に就いてからの20年間、家族とゆっくり過ごすといった時間的自由をほとんど感じてこなかった教師の一人でした。そんな教師は多いはずで、彼らにとって、ウィルス禍は家族との時間や関係を再考する一つの契機になったと思っています。

 

ただ、私の場合、家族と過ごす時間が増えたのは、今回のウィルス禍が最初ではありません。すでに7年も前から、家族との時間は豊かでした。

 

 

7年前から、生き方を変えた。

 7年前、私が45歳の時です。ある日ふと、「人生の残り時間」に思いを馳せました。日本人男性の平均寿命が80歳なら、仮に60歳で定年を迎えたとして余命は残り20年です。しかし、その「20年」は、「自由の利かない20年」です。精神的にも身体的にも、そして社会的にも無理が利かない年代です。

 

つまり、「定年後に期待してはいけない」ということです。「定年まで大過なく勤めよう。定年になったらそれまでやりたくてもやれなかったことを思う存分楽しもう」などと考えてはいけません。そんな可能性を信じるほどお気楽な考え方をしていたら、それがいかに無謀な賭けに等しいかを、後々感じることになるでしょう。

 

つまり、「今」です。

 

「人生の残り時間」を自覚した私は、当時勤務していた中高一貫校で、担任を務める学年が高等部に上がり、ひと区切りついたところでした。生徒が思春期を過ぎ、生活習慣や学習習慣が定着し、卒業後の進路が何となくイメージできていたその頃を機に、私は校務を「手放す」ことにしました。

 

「仕事が済んだら学校を離れる。仕事が済んでなくても離れる。だから、仕事を勤務時間内に必ず終わらせる。」

 

職務内容を精選し、不要な業務は個人の裁量でカットする。人に任せた方が早く済む仕事は、それが得意な人にすぐに依頼し、任せる。人は信頼され、任せられることで喜びを感じるものです。もちろん、逆の立場でも私は嬉しい。仕事を依頼したりされたりすることで信頼感が増し、関係性が強化されます。

 

その日の授業が終わればジャージに着替え、トレーニングで体力維持。体つくりをルーティーン化することで、健康維持に努めます。もはや若かったころのようには体は動いてくれないのです。

 

校内の動きに、メリハリをつける。自身の仕事は効率的に、人間関係は効果的に。時間をかけずにポイントを絞る。これを基本に日々を過ごしていました。「7つの習慣」に示されている原則通りです。

 

 

時は進み、3年前の私は49歳。当時の勤務校1年目で、年休を20日、フルに取りました。2年目も20日取得。3年目は仕事を覚えたこともあり、仕事に欲が出ていくつかの試みをするようになったため、かえって忙しくなりましたが、それでも年休は10日間取りました。仕事がなければとにかく帰宅。「自分がやりたいこと」を最優先事項に据えて行動していたため、ストレスもたまることなく、校務自体も相乗効果の恩恵を受け、アイディアあふれるものに変わっていきました。

 

 

転機を受け取れる人、受け取れない人。

そして、今。ウィルス禍は、私たちに生き方の変更を迫っています。これは、善し悪しの問題ではありません。この急場を乗り切って次のステージに進むための転機が与えられたわけです。

 

学校では、予習にいそしみ、当面の対応策を検討する同僚の姿。一方で、オンライン化は簡単には進みません。少なくない教員が、定時を過ぎても帰らず、職員室に詰めています。私なら、帰る。生徒がいない学校は、何物も生むことがありません。生徒不在の教材研究は、気が乗りません(笑)。というより、状況が変化すれば授業プランも変わるため、現時点で取り組む必要はないとさえ思っています。

 

この機会を、校務の見直しや人生の棚卸をするための転機と捉え、取り組むことを精選し、実行する。特に、新たなチャレンジが求められます。

 

私にとっては7年前、「7つの習慣」の原則との出会いが転機でした。

 

現在、多くの人にとっては「新型コロナウィルス」が人生の転機になっています。ウィルス禍によって、世界中の人々が仕事のあり方を含めた人生全体の捉え直しを迫られているんです。

 

「人生は有限である」という、「誰も例外ではない法則」を自覚できるか?

形式や見えない空気という圧力から抜け出し、いかに早く「本質」に気づけるか?

 

これがとても重要です。

 

 

これだけ家族と一緒にいたときは、かってなかった。

 昨晩は8歳の娘の添い寝をしました。娘は就寝直前までテレビのバラエティ番組に興じ、室内のトランポリンで何度もジャンプし、気が向いたときにペットをかまって、疲れ果てて眠りました。その「自由さ」を、大人である私たちもこの機会に思い出したいと思います。

 

外出自粛が求められてからは、「いつもとは違う時間」が流れている感じがしています。「人と会わずに、できるだけ家にいるようにしてください」という要請は、家族同士が向き合う時間を作ります。それは、ある家族にとっては大きなストレスを強いられることでしょう。しかし、どんな家族にとっても、「今までとは違った感覚を覚えるような機会」になっているはずです。いえ、正確に言うならば、「かつての感覚を思い出させてくれるような機会」です。

 

なぜ、子どもはこんなに自由なのか。

私たちにも、そんな時期があったはずです。

 

なぜ、私は娘の添い寝をしたのか。

かつての私が、「そうして欲しい」と甘えたことがあったからです。

 

きっかけは何でもいい。人それぞれで構わない。

 

ただ、何かきっかけを与えられた時に、それを「転機」にできるかどうかは、私たち次第です。そのような転機を「正しく」受け取ることができるかどうか、それが試されているような気がします。

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