「資格」が先か、「スキル」が先か。

セカンドキャリアを構築する

皆さんこんばんは角松利己です!

 

今回は、「50歳オーバーの教師に資格は必要ない!」という話をします。

現在50歳オーバーで資格取得に励んでいる方は、今すぐに画面を閉じてください(謝)。

 

ところで、教師に必要な「資格」って何でしょうか?

 

・・・すぐには挙げられませんよね。あまりにも範囲が広すぎますから。

ですので、まずは、「教師の資格」から考えたいと思います。

 

 

教師に必要なのは「資格」?「スキル」?

 

教員資格は、主に大学で教職課程を取り、各都道府県や自治体の教員採用試験を受けて合格すれば、得られるものです。

 

教員免許を持ち、試験に合格し、採用される。この流れで教員になれるということですね。で、いったん採用されれば、定年退職する日まで教師を続けることができます。よって教師については、まず「資格」ありきの職業と言えます。無許可・無資格で教壇に立つことはできません。

 

結果として、「スキル」は後で身につけるものになります。20歳過ぎそこらで多くの生徒たちを前に大人として振舞う必要性に迫られるわけですから、「資格」はあってなきがごとしです。新採用直後から定年退職まで、ある意味永遠の「スキル習得」が始まるのです。

 

「資格」がなければ、教師になれない。だから教師は「教員資格」をまず取る。これは避けられません。しかし、本当に必要なのは「スキル」です。「スキル」の意味するものは「表面的な技術」にとどまりません。「人生全般に通じるパラダイム(物事の捉え方)」のようなものも含んでいます。

 

ここで考えていただきたいのは、教師としての成功を目指すのであれば絶対に必要なものは「スキル」であるにもかかわらず、まずスタートラインに立つために「資格」を求められる、という点です。

 

繰り返しになりますが、確かに「資格」のない人間に生徒を任せることは無責任すぎます。しかし、教師という職業は、いったんなってしまえば、基本的にそのまま「流れていく」仕事なのです。最初のハードルが少し高いだけで、そのあとは個人任せという職業なのです。

 

ですから、新しいスキルを身につける気がなければ、そのまま定年までいってしまいます。ここが、教師という職業の持つ怖い点なんですよね。

 

年齢を経てもキャリアを積んでも、新採用時と変わらない気持ちを持ち続け、切磋琢磨する教師がいます。一方で、採用後数年で「先生」の座にどっぷりと浸かってしまい、生徒に指示を繰り返し、研鑽などどこ吹く風、といった教師もいます。しかし、後者は時間の経過とともに淘汰されていきます。

 

教師という職業は、日々が勝負です。自分よりもはるかに若い子どもや生徒を相手に振る舞うことが、いかに怖いことであるか。大人に比べてずっと「正直」なまなざしを持つ彼らに見限られたとき、私たちはどう振る舞えばいいのか、いつも考えなければいけません。

 

 

「まずは資格を取ってから」が正統派。

 

では次に、「教師に必要な資格」って、どんなものがあると思いますか?

 

この質問を投げかけるのは、

 

・いったん教師になったら、転職は容易ではないこと。

・そもそも、定年以前に教師をリタイアしようという人が圧倒的に少ないこと。

・そんな中、もし教師が何の資格やスキルを得ることなく仕事を続けていけば、いずれ壁に突き当たること。

・ならば、教師は何らかの資格やスキルを身につけ、長い教員人生を乗り切る方向で動いた方が、考え方として合理的であること。

 

こういった流れで考えるからです。

 

で、「資格」ですがその前に、「スキル」の話をしましょう。

 

教師は、「スキル取得」に関してはかなり行動的です。

たとえば授業方法を学ぶためや、クラス経営、生徒の心理把握などを目的としたさまざまな研修会に参加したり、関連書籍を読んだり、などが挙げられます。

 

ですが、スキル取得の取り組みは、「個人差」が非常に大きいと感じています。研修会に参加するかどうかは本人の意欲次第ですし、関連書籍の読み込みに関しても、おそらく深い理解に到達することが難しいのではないでしょうか。

 

「スキル」は、体系的に学ぶことが求められると感じます。ならば、スキルの習得に先立つものは、どうしても「資格」ということになります。何らかの資格を時間と手間暇をかけて取得し、その過程で得られた知識やスキルを継続的に磨き続けることが、正統派としての学びになるでしょう。

 

 

・・・ということで、ようやく「資格」の話に進んでいきますね。

 

「教師に必要な資格」

「教師という仕事に役立ちそうな資格」。

 

あなたは、どんな資格をイメージしますか?

 

 

資格が私を助けてくれた。

 

ここで、私の話を少しします。

 

「挫折が成功に変わるまで」の記事に詳細を書いていますが、私自身も段階的にいくつかの資格を取得してきました。

 

たとえば、新採用の高校では野球部の第4顧問になりましたが、何の指導もできなかったため、大型自動車免許を取ることにしました。当時は遠征時のドライバーを部活動顧問が務めているケースが非常に多く、何もできない私が部活動の面で力になれそうなことが「ドライバー」しか思いつかなかったからです。そして、この資格は現実的に、それ以降20年近くにわたり、部顧問としての私を助けてくれました。

 

次に、「サッカー審判資格」です。30歳で初めてサッカー部顧問を伝えられ、やはり何の指導スキルも身につけていなかった私は、まずは遠征時のドライバーを引き受けました。しかし、そのうち欲が出てきたため、「技術指導はできないけれど、審判を引き受けることで役に立てるかも」と考えるようになり、オーバーエイジで当時全国初のレフェリースクールに通い、結果的には大学一部リーグの公式戦の審判を務めることができるようになりました。

 

そして48歳の頃。加齢とともに、体を動かす仕事から動かさない仕事にシフトし始めることになります(泣)。

 

一般社団法人やNPO法人の発行する資格を取りましたが、こちらは「人生の乗り切り方」「人間関係の作り方」に焦点化されていて、「そろそろ生涯を見渡した本質的なパラダイムを身につけなければやっていけないだろうなぁ」と考えていた当時の私には不可欠の資格だったと思います。

 

こうやって振り返ってみると、「教師の私にとって必要だった資格」とは、「生き生きと仕事に取り組む上で、どうしても欲しかった資格」だったと感じます。いわば、その時々で必要な資格でしたね。

 

私は若い頃からコンプレックスの塊で、「私のような人間に教師が務まるのと、挫折するたびに考えていたほどでした。50歳を過ぎた今でも、それほど自信があるわけではありません。

 

私とは違い、自信にあふれた教師たちは、きっと「資格」というものは必要ではないのかもしれません。生徒と接していく日々の中で、さまざまな力を吸収していく教師は、一定数存在すると思います。

 

しかし、やはり私のように「臆病な自分をその都度立て直していかなければ仕事を続けていけない教師」も、少なからずいると思うんですよね。だから、「資格って、どんな仕事であってもあると助けになってくれるんだな。特に教師は、仕事を豊かにするための資格が必要なんじゃないのかな?」と思うわけです。

 

「資格取得」が、自信と継続的なスキル習得への動機づけにつながる。

 

これが私の出した結論です。

 

 

手に入れるべきは「仕事と関係のないスキル」一択。

 

しかし、実を言えば、「教師に本当に必要な資格」とは、「校務に直接関係のない資格」がいいのでは?、と思っているんです。

 

とはいえ、何でもいいわけではありません。たとえば国語教師の私にとって、「パティシエ」の資格は不要です。「あったらいいな」とは思いますよ。きっと、子どもにモテモテのはずですから(笑)。

 

私が欲しいのは、実は「資格」ではなく、「スキル」の方です。

それは、「未来社会を生きる上で不可欠といわれているスキル」。人によっては意見が多岐にわたると思います。しかし、現在の私にいわせれば、その「スキル」は、「ネット上で自由な自己表現ができるスキル」です。

 

私の体が弱っても、

私が働けなくなっても、

私が死んだ後も、

アイディア次第で、

少ない労力で、

大きな影響力を発揮してくれる。

 

それを実現してくれるスキル。

 

きっと、私の教え子たちの方が、ずっと詳しいはずの領域です。ならば、教師としての私が目指す方向とも一致しているはず。

 

つまり、「生徒とともに、未来を生きる」ということです。

 

彼らと一緒に未来を見つめ、互いに教え合いながら生きていくなんて、考えただけでワクワクします。

 

資格は、確かに何かを体系的に学ぶにはうってつけでしょう。しかし、資格取得後のスキルアップこそが人生を乗り切るうえでの生命線です。私の年齢で、もはや新たな資格は必要ありません。何らかの権威づけや自信につながるとは思いますが、私の残り時間は思いのほか少ない。そして、社会的評価も必要としていません。

 

それよりも、「これからの社会で、何ができるのか?」という問いに対して、明確に応えてくれる「何か」を必要としているんです。私にとっては、それが「スキル」です。

 

あなたの年齢や現在の状況によって、「資格」なのか「スキル」なのか、きっとどちらかを選ぶことになるでしょう。でも忘れてほしくないのは、「あなたが何を目指しているのか、本当に欲しいものは何か」という点です。

 

そのことを、いつも考えておいてください。

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