50歳を過ぎた教師に必要な4つの観点

仕事で成功する

50歳を過ぎたら

皆さんこんばんは角松利己です。

ハンドルネームの由来はこちら。

利己は、利他
角松利己 これは、本名ではありません。 あなたは、「角松敏生」を知っていますか?  私が20歳で彼の音楽に初めて出会って、ちょうど〇十年経ちました。 とても長い間、彼の音楽を聴き続けてきたわけですが、...

 

ところで、皆さんは今、何歳ですか?

 

私は52歳になりました。定年は60歳ですが、再任用制度は利用しないつもりです。

いや、それどころか早期退職を目指し、情報収集にいそしんでいる真っ最中です。

 

ということで、今日は

「50歳を過ぎたら、教師はどうすべきか?」

について私見を述べます。

 

本ブログの目的は、教師であるあなたに次の3点を目指してほしいという思いを届けることにあります。

 

・教師として成功する。

・私生活でも成功する。

・リタイア後の人生を充実させる。

 

ですので、この3つの観点を踏まえながら、50歳を過ぎているであろうあなたや、まだまだ若いけれど何となく物足りなさを感じていたり、あるいは将来に不安を感じたりしているあなたにお伝えしていきます。

 

「私は教師として最高に充実している!」

 

と感じている方は、読まなくて結構ですよ(笑)。

まず、仕事面で私が心掛けていることです。

 

欠けたピースを埋める

「50歳を過ぎたら、欠けたピースを埋める役割に徹する」

という考え方があります。

担任を持ち、卒業生を何回か出し、部活動顧問も分掌業務もいくつか経験した。その過程で、もしあなたに最適な役割を見出すことができていれば、あなたはとても幸せです。

 

しかし、もしそうでないのなら。

 

「教師としていろんな経験をしてきたけれど、どれもしっくりしなかった。自分から進んでやりたいと思うことが見つからなかった。」

 

こんな風にあなたが思うのであれば、「欠けたピースを埋める」ことに徹してみるのもいいかもしれません。

 

私自身がそうでした。

 

幸い、30歳で初めて持たされたサッカー部顧問はその時の私にぴったりとはまりました。

と言っても、顧問としてバリバリ活動したわけではありません。サッカー部に限らず運動部経験が高校以降なかった私は、大型自動車の免許を取得して試合の際に生徒をバスに乗せ、数十キロ離れた試合会場を何度も往復しました。その次は審判資格を取り、ルールとプレイヤー心理の双方を理解しようと試みました。結果、大学1部リーグの審判業務にかかわることができ、自信をもって部活動に顔を出せるようになりました。

 

つまり、「欠けたピースを埋めた」わけです。

 

サッカー指導に関する本も、30冊以上は読んだと思います。ただ、自身にプレー経験がなかったため、頭で理解するのと実際に生徒にさせてみるとでは、かなりのズレがあり、「うまく教えることができた」と感じられたことはほとんどありませんでした。当時は授業をやっていても、頭の中では放課後の練習メニューのシュミレーションを延々と行っているというありさまで、サッカーのことばかり考えていたことが懐かしく感じられます(笑)。

 

これは若かった頃の話ですが、「ピースを埋める」という視点は、特に私のような「得意分野のない教師」には必要だと思います。あなたが職務上、誰かの役に立てることであれば、何でも構いません。「サッカー部顧問だから、サッカー指導ができないとダメ」って、自分を決めつける必要はないのです。周辺部を見渡し、「これならやれそう」と思ったことを一通りやってみると、意外と向いているなと感じたり、ハマったりすることはよくあります。

 

ところで、50歳以降の「ピースの埋め方」は、また少し事情が変わってきます。

それは、

 

「自分のやりたいことに大きな力を注ぎつつ、周囲からの求めには気持ちよく応じる」

 

という生き方です。

 

たとえば、現任校3年目の私は今年、高3対象の「志望動機・小論文添削」をネットでやり取りするために、捨てアドレスを1つ作りました。

 

詳細は「空白の3年間」を参照。

https://eleadstoe.com/3-years-blank/

 

生徒と教師、お互いが満足できる試みでした。添削プロセスを経ることで、何人かの生徒の様子がわかり、また授業を通じ、生徒の作品を他の大勢の生徒に還元することで、刺激を与えることにもつながっています。

 

これは、一個人レベルでできることです。ここが大切なところですが、「良い試み」というものは、組織の中では簡単に埋没する宿命を背負っているものです。仮に数人の人が賛同しても、大勢の目に触れた時点で枯れてしまう。ならば、一個人レベルでできることをどんどんやることです。そのような試みは、まず例外なく「あなたが好きな」ことであり、「あなたが苦労なくできる」ことである可能性が高いのです。とっかかりの段階では、他の同僚を巻き込むこともほとんどありません。プランを立て、実行し、そのあとで周知する。ビジネスの世界ではよく言われる、

 

「構え、撃て、狙え!」

 

この順番でチャレンジをするということです。自分の裁量で取り組むことができ、同僚に負担がかからないことについては、事前にアナウンスする必要はありません。事前に伝えても、うまくいかないことが多いからです。何の根拠もなく横やりが入ったりします。しかし、いったん始めてしまえば、あなたの試みを強いて止めようという人は、ほぼ間違いなく出てくることはありません。始めた者が、勝つのです(笑)。

 

あなたが全力で打ち込める領域で、「欠けたピース」を埋めましょう。

そのうえで、周囲の依頼には気持ちよく応えてください。ただし、自分に向いていないと思える仕事には、笑顔でノーと言いましょう。なぜなら、あなたがその仕事に取り組んだところで、一定の成果は出るかも知れませんが、しょせん「あなたの意に沿わない仕事」です。やっていてつまらないと感じる仕事に労力を費やすことほど、無駄なことはありません。

 

つまり、

 

「自分のやりたいことに大きな力を注ぎつつ、周囲からの求めには気持ちよく応じる」

 

両者は、車の両輪のような存在なのです。同僚が困っているとき、あなたの必要性を感じているときは、つべこべ言わずにサポートすることです。しかし、依頼がない時は、あなたが情熱を傾けられる領域に専念する。一点集中です。あなたが精力的に、そして楽しそうに仕事をしている姿を同僚に見せてやってください。あなたの姿勢は彼らに伝播し、きっとあなたと同じように振舞うようになるでしょう。そうすれば、職場はとても快適で、可能性を感じさせる場所になります。

 

サラリーマンを卒業する

50歳を過ぎたら、サラリーマンとしての教師からは卒業しましょう。

今まで、あなたは十分にキャリアを積んできました。だったら、異動のたびに、勤務先の風土に染まる必要はないはずです。それまで経験してきた「良いアイディア」を異動先でどんどん発揮してください。あなたに蓄積されてきた経験が、何の障壁もなく外の世界に飛び出す瞬間を待っています。

 

それを実現するために必要なのが、主体性です。サラリーマンに主体性は必要ありませんが、良いアイディアを実行したいと願う人間に、主体性は不可欠です。

 

さらに。

 

あなたは、もう人から使われる立場を卒業するつもりだったのではありませんか? 自分が望ましさを感じ、理想とする未来に向けて、自分の足で歩み始めようとしていたのではないですか? 仮に対象が生徒でなくとも、あなたのサポートを必要としている人たちが大勢いるはずです。彼らを本気で助けるためには、あなたに指示を出したり、あなたの方針に異を唱えたりする人たちから離れなくてはいけません。

 

たとえば、それが「起業」です。

 

あなただけの力で企画立案し、人を集め、自身の理念を伝える。そして提供した価値の対価としてのお金や感謝を受け取る。多数の人間に価値を提供し、その対価を受け取ることが、仕事の真の喜びです。

 

「起業家」は「社長」です。あなたは経営者視点を持ち、勤務校の管理職として考え、いろんなケースに対して「自分ならどうするだろう?」と、いつもイメージを膨らませる必要があります。

 

関連記事は、こちら。

「校長は自身の裁量を見直せ」

https://eleadstoe.com/principal/

 

「職場にいるな、家にいろ。」

次は、私生活に関してです。

50歳を過ぎたら、家にいましょう(笑)。

私は自身の結婚が遅かったため、52歳の現在、娘はまだ8歳です。口が全く減らないので、一緒にいると飽きることがありません。加えて、ここ3年ほどは起業に向けた情報収集やコンテンツ作成のために、自室でPCに向かう機会が増えました。その結果、自宅にいる時間が格段に長くなったわけです。

 

それまでの私は、

 

・教務室を出るのは学校が閉まる19時。

・土日のうち1日は必ず部活動指導。

・ゴールデンウィークにとれる休みは1日程度。

・長期休業中も、お盆や年末年始を除けば1日3時間の部活動がほぼ毎日。

 

こんな感じでした。

25歳で採用され、45歳くらいまで、ずっとです。

しかも、長時間仕事に拘束されている自分の姿に、少し酔っているところもあったくらいです(痛)。「俺、先生やってるなぁ」と。

 

でも、違いますよね。時間の大切さや人生の優先順位のつけ間違いをしていた点が、多々あることに気づきました。そして、シフトチェンジをしたわけです。

 

私は、家族との共有時間を増やすことにしました。そうすることで、とにかく意思疎通の機会が増えました。仕事の愚痴も話します。家族の不満も楽しい話も聞きます。結果として、精神的安定がもたらされ、大切な話もできるようになり(どうでもいい話が普段からできていないと、いきなり大切な話は難しいものですよね)、仕事の方も頑張ろうという気持ちになりました。

家庭での時間をとるために、学校にいる時間を短くするように努めているので、勤務時の集中力も高くなります。不要な仕事を切り捨てて、自分の関心や能力を最大限に発揮できる領域に特化して打ち込めるため、メンタル面でも充実感が得られます。

 

人生に締め切りを設ける

もう1つ。

 

実家には父親と妹が2人で暮らしています。父親は退職して20年近く経っていて、80に手が届く年齢。妹は自宅から近隣の職場に通っています。

 

私が現在、52歳であることはすでにお伝えしたとおりですが、中学生の頃から死というものを理由もなく身近に感じていた私は、45歳の頃、自身の遠くない死を自覚しました。命が有限であることを、はっきりと感じたのです。

 

その数年後、「7つの習慣」に出会うわけですが、「第2の習慣」で語られている「終わりを思い描くことから始める」という考え方から大きな影響を受けました。それまでは、「時間はふんだんにあり、人生は永遠のごとく続くと思いこんでいた」私ですが、改めて、そうではないことに気づかされたわけです。

 

「私の人生にとってのゴールとは何だろう?」

「何が成し遂げられれば、何の後悔もなくこの世を去ることができるんだろう?」

 

こういった疑問が、頭の中を占めるようになってきました。

 

私は私の「ゴール」を探すために、それまでの人生を振り返ることにしました。誕生から日本人男性の平均寿命と言われる80歳までの年表を書き、現在に至るまでのその時々の経歴や出来事を書き出していったのです。

 

どんなことがあったのか?

どんな出来事が私に大きな影響を与えたのか? 

なぜその出来事が大きな力を持っていたのか?

 

すると、いろんなことが見えてきます。

私が好きなもの、嫌いなもの。私自身の価値観が浮かび上がってきました。

 

そのうえで、次に80歳までの年表―「未来予想図」―を書き込みました。80歳で天寿を全うするとして、その時のゴールはなんだろう? そのゴールを達成するためには、何歳の時点で、何ができていなければならないんだろう。

 

 

私は、人生に締め切りを設けました。

 

「その年齢でその仕事に取り組むのは無理だ。」

「その年齢でその楽しみを味わい尽くすことはできない。」

 

肉体的にも、精神的にも、何か新しい領域を学ぶうえでも、必ず限界があります。私たちはよく、「定年後には、こんなことがしてみたい」とか、「退職後に第二の人生が待っている」などという言葉を聞きますが、私はそう言った言葉を信じていません。もちろん、刹那主義に基づいて言っているのではありません。

 

「本当にやりたいことを最後にとっておいても、実現することはない」

 

という、きわめて当たり前の事実に気づかされただけなのです。

 

「本当にやりたいことは、すぐにできるわけじゃない。だったら、いつでも取り掛かれるように準備を怠るな。」

 

ということです。そして、

 

「5割以上準備ができたと思ったら、すぐに始めなさい。半分以上できていると思うなら、きっとうまくいく。」

 

という、「誰か」の言葉を信じたいと願っているのです。

 

 

私は人生に締め切りを設けました。そのうえで、父親に手紙を書きました。

自分の未来を伝えるために、です。

 

未来を宣言し、行動するだけ

・私が、自らの死に自覚的であること。

・私が生きている間に実現したい事柄のすべて。

・50歳を過ぎた今、父と私のどちらが先にこの世を去ることになっても、おかしくないこと。

・私たち1人1人にとってのこの世での残り時間は、その人だけに閉じられたものではなく、大切な誰かと共有した時間そのものであること。

 

だいたい、こういった内容のことを書きました。

大切に思う人に自分の正直な思いを伝え、あとは宣言通りに進んでいく。私にできることはこれだけですが、いろんな思いが吹っ切れていく感じがしています。

 

そして、仕事面で、私生活で目指す方向性が見えた私は、両者を満たすための最短距離である

セカンドキャリアの構築

に向けて動いています。

 

 

「50歳を過ぎたら、教師は何をすべきか」

 

私は、私のなすべきことしか知りません。

ただ、私が大切に思う3つの観点、

 

・教師として成功する。

・私生活で成功する。

・セカンドキャリアを構築する。

 

この3つは、どれも欠かせない点です。

 

私は、教師としてのスペシャリティを持ち合わせていません。

そのくせ、理想は高い(笑)。

すべてを手にしたいと思っているし、「3つの観点のうち、どれか1つ欠けても人生はうまくいかない」という確信があるのです。だから、考えるしかない。

 

あなたも、ぜひ考えてみてください。

あなたに合ったやり方が、きっと見つかるはずです。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました