96 教師自身が「キャリア構築」を意識していないのに、「高校生に資産形成を教える」ことなんてできるわけないじゃん。

セカンドキャリアを構築する

皆さんこんばんは角松利己です!

今回のトピックスは
2022年4月から始まる「高校家庭科の授業で資産形成を教える」ことについてです。

「いよいよきたか!」って感じです。アメリカの高校生が学校の授業で経済学を学んでいるように、日本も追いつこうとしているわけです。「”老後2千万円”を稼ぐには、高校生年代で資産形成を学ぶ必要がある」って、盛んに言われていましたからね。


まずは、「投資信託授業」の概要をご覧ください。

投資信託の知識が高校生に必要な理由

Q:投資信託教育に期待されていることは?
A:セーフティネット的な知識の浸透
  無理なく続けることができるように必要な知識を教育すること。

Q:株式投資ではなく、投資信託が選ばれた理由
A:投資信託は専門家に任せて投資ができ、かつ分散投資の最良の手段だから。

Q:投資信託教育のメリット
A:やるべきことの優先順位に応じて、かける時間の配分をどうすればいいかといった、
  生活をしていくうえでの意思決定にも活用することができる点。
  資産運用をする仕事の存在を知ることが、キャリアプランの幅を広げることにつながる点。
  たとえば、将来の進路を決める際の選択肢の1つとして金融関係の仕事が身近になる点。
 「職業教育」の意義を再認識させるきっかけになる点。

Q:最も危惧されることは?
A:資産運用は難しいものであると生徒に認識されてしまい、
  金融がより遠い存在になってしまうこと。
  資産運用について教育を受けて来なかった教師が資産運用を教えるのは無理があること。

      出典:『MONEY PLUS』サイト
      記事タイトル:家庭科で「投資信託」の授業を導入へ、親と教員はどう向き合うべき?

さて、この「投資信託授業」に関する討論番組が「AbemaTV」であったらしいんですが、その際のゲストコメントが以下の内容です。

経済アナリスト:森永卓郎氏
いかにも役人が考えそうなこと。仕組み自体を学ぶのは大事なことだが、背後に金融村の意向を感じる。

起業家:株本祐己氏
大半の人は運用するほどの資産を持っていないので、資産運用の勉強をしてもあまり意味がない。稼ぐ方が先だと思う。

実業家:ひろゆき氏
(品川区が中学生向けに行っている取り組み「ファイナンスパーク」に対して)
今の日本の平均年収は400万円。「30歳・既婚・子供1人・年収650万円」は、ありえない設定。そもそも「30歳で年収650万円の人」に(金融)教育はいらない。
義務教育で本来やるべきなのは「年収200万円レベルの非正規雇用の人達」で、その人たちがなぜかリボ払いとかめちゃくちゃ率の高いのだったり。
お金の稼ぎ方だけじゃなく、「借金するな」とか「借金しなくてもこうやって暮らせるよ」とか、お金のない人のための教育をするべきなんですよ。

               3月26日放送 「Abema 報道リアリティーショー アベプラ」
【お金教育】ひろゆき「お金が無い人のための教育をすべき」森永卓郎&フリーランスの王 株本祐己と熱論!高校で資産形成の授業は必要?お金の勉強って何をすべき?

「高校生に投資信託授業」の問題点を表面的視点で語る人たち

・・・・・・さて、あなたはどう感じましたか?

私の感想です。

まず、セーフティネット的な知識を高校生に浸透させることは、大切なことだと思います。
ひろゆき氏の指摘の通り、知識のない人がひどい目に合う世の中は、居心地がよくないと思うからです。

次に、投資信託教育の必要性についても、賛成です。
「優先順位」「かけるコストの配分」「意思決定」。これらの点について、学校教育はほぼ真逆のことを生徒に伝えてきました。「優先順位が大事」と言いながら、「すべてにおいて努力すること」を強いてきたわけです。大人だって、そんなことを強いられれば精神的に苦しく感じるはずです。

懸念として「資産運用は難しいものであると生徒に認識されてしまい、金融がより遠い存在になってしまう」ことが挙げられていますが、「だから何なの?」といった感じです。「金融教育は時代の流れや人生設計という観点から必要」との判断に基づいて導入されるわけなので、私たちはそれに向き合っていくしかありません。

ゲストコメンテーターは学校関係者ではありません。表面的な問題に目がいってしまいます。

日本の学校で「投資信託教育」は不可能

さて、ここからは本質論です。

「高校生に対して学校教育の場で信託投資教育を行うこと」に対して、表面的な問題点を指摘しても始まりません。問題は、「どうすれば、信託投資教育を浸透させることができるのか?」という点にあります。つまり、それを可能にするための前提条件を整えることが最優先事項です。

「投資信託教育」の是非について、私は専門知識を持ちません。
ですが、「投資信託教育」が内包する、

優先順位をつける
コストを配分する(リスクを分散する)
生活の根幹にかかわる意思決定を日常的に行う


これらの点については、特に日本人には必須の考え方だと思うからです。

前述したように、日本人はこういった考え方が不得手です。
それは、「学校教育では真逆のことを伝えてきたから」にほかなりません。

「何事にも手を抜かず、全力投球しよう!」

これが、日本の学校教育を長い間支配してきた考え方です。

「努力という名の美徳」を、懸命に訴えてきたのが学校教育です

体育祭の次の日は、どんなに疲れていても登校しよう。
定期テスト明けの日も、登校して授業を受けよう。
君は無遅刻無欠席だから、皆勤賞をあげよう。

・・・これらは、サラリーマン育成のための教育です。
「来るのが当たり前」「いるのが当たり前」。誰も弱音を吐けないし、疲れがたまっていても無理をして出勤します。その挙句、鬱になったり過労死したりすることが日常的にあるわけです。

いつも元気に挨拶しよう。
どんな人とも仲よくしよう。
困った人がいないか、いつも気を配ろう。

私たちは感情で生きています。
気が乗らなければやりたくない時だってある。
馬が合わない人とはできるだけ距離を置きたい。
いつも周囲を気にしていれば(それを「忖度」と言いますが)、心が病んでしまう。

24時間・365日、他社の存在を気にかけているわけにはいかないのです。

ですから、「投資信託教育」が内包する、

優先順位をつける
コストを配分する(リスクを分散する)
生活の根幹にかかわる意思決定を日常的に行う


こういった思考の養成は、必須なんです。


ただ、このパラダイム転換は、日本人にとって非常にハードルが高いと言えます。
ですから、前提条件が必要です。

以下に示す前提条件があって、はじめて日本人は、日本の生徒は自由になれます。

「投資信託授業」の本質は、「人生に責任を持つこと」。ならば、まず教師が自由になろう


それは、教師自身が自由になることです。
自由でない教師が生徒に自由を教えることは、不可能と言えます。

資産形成教育を教師にさせるのであれば、教師のリミッターを外すこと。
具体的には、「教師自身が資産形成に励むこと」です。

ここで言う「資産形成」とは、お金のことだけを指しているのではありません。
「人生という名の資産」を形成するために真剣に考えること、
つまり、「教師にとってのキャリア構築」です。

教師の多くは、仕事に優先順位をつけていません。
課せられた仕事を、期限までに行うだけです。
自分だけのスペシャリティを磨こうという意識で仕事に臨んでいる教師を、私は見たことがありません。

教師の多くは、リスクを分散していません
ここで言う「リスク分散」とは、「教師以外の領域に手を伸ばすこと」を指しています。
本業を豊かにするのは、本業以外の領域です。外の世界でアイディアをもらい、そのアイディアを本業に生かすから、新たな価値を生むのです。

リスクを分散しない教師は、従来の価値観に縛られたまま、予定調和をひたすら生き続けます。
現実的に変わるのは、外圧にさらされた時だけです。
彼らはその時、文句を言うか、文句を言わずに従うかのどちらかしか選べません。
本質をブラさずに受け入れるべきところだけ受け入れられる教師は、普段から考え続けています。

そして、意思決定。
意思決定はありません。なぜなら、考えていないから。
日々繰り返されているはずの意思決定とは、本質を捉えていなかったり、たとえば人間関係のようなわずかな変数で簡単に左右される性質のものに過ぎません。

「投資信託教育」がもたらすもの。
それは、「投資信託教育」が内包する思考方法に教師が気づく機会です。


ですが、このことに気付ける教師がいるかどうか。
気が付いた教師は、自らのキャリア構築を推し進め、その利益を生徒に与えるでしょう。

「投資信託教育」の本質は、「人生をポートフォリオと考えること」。
いつまでに、何にチャレンジして、どんな状態に到達していれば、心から「楽しかった」と言えるか知っていること。

自分の教え子にそうなってほしいなら、まずはあなたが、身をもって実行に移すべきです。

教師が「お金の教育」をする意味

余談ですが、「お金の教育」は絶対に必要です。

私が今まで出会ってきた生徒たちの中には、有効なお金の使い方をしているとは思えないケースが少なからず見られていました。それは、「貯金せずに一過性の興味を満たすためだけに大金を使う」というケースだけでなく、「本当はこのタイミングでしっかりお金をかけるべきなのに、自己投資を惜しんで踏み切れない」というケースも含んでいます。

現代は、特に後者のようなケースをよく目にします。
お金を使うべき時に使わずにとっておく、という行動パターンは、世代に関係なく多くの日本人が選択してしまうパターンです。

日本人は、「お金を稼いでリッチになる」ことを前面に出すことをはばかる気質を持っています。
そのくせ、貯蓄率が世界的に見て極めて高いことからもわかるように、お金を使いたがりません。

日本人がお金に執着するのを嫌うのは、「お金を絶対視していることの裏返し」と言えます。
表面的には「お金に執着するのはカッコ悪い」と言いながら、手放そうとしない。矛盾しています。

お金は「信用を表す尺度」の一つでしかありません。しかし、「信用」よりも「お金」を欲しがる人は大勢います。

確かに、お金の教育が最も必要なのは低所得者層と呼ばれる人たちでしょう。ですが、彼らこそ、お金を適切に使わなければならない。少ないお金を貯めていても、生活は豊かにはなりません。アイディアを出し続けながら、お金を効果的に自己投資に回すことが必須です。

大切なのは、このことを伝える大人が、教師であるということです。

「人生を変えるために、今このタイミングでこれだけのお金をこの一点に投入しよう。」

このようなアドバイスができるのは、教師しかいません。
なぜなら、学校という利益を生まないコミュニティの中での働きかけだからです。

教師は進んで変化を受け入れ、自身のポートフォリオ構築を考えるべし

学校は従来のような「サラリーマン養成所」に留まってはいけません。
なぜなら、未来社会は(実は今までもそうだったはずですが)、環境も人間も変化し続けることが前提になるからです。

教師は、「人生が変わり続けるものであること」を伝える存在にならないといけません。

変化を受け入れ、不必要なリスクは回避し、エネルギーを分散し、キャリアという名のポートフォリオ蓄積すること。そのような生き方を身につけることで、誰もが窮地を乗り越え、くじけることなく根気強く自己実現を果たしていこうとするはずです。

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