利己は、利他

角松利己

角松利己

 

これは、本名ではありません。

 

あなたは、「角松敏生」を知っていますか? 

私が20歳で彼の音楽に初めて出会って、ちょうど〇十年経ちました。

とても長い間、彼の音楽を聴き続けてきたわけですが、

まずは、角松敏生の音楽の魅力について話します(笑)。

 

ひとことで言うと、彼の音楽の魅力は

「昭和の香り漂うカッコ良さ」

にあります。

ある時はナルシスティックに、ある時はセンチメンタルに響く歌詞とメロディを、

昭和の香りに載せて皆様にお届けする。そんな雰囲気の曲を作ってくれます。

で、これが私にぴったりとはまったわけです。

カッコいいんだけど、洗練されていません。

でも、洗練されていないっていうのは、今の時代に合っていないだけなので、

私や私よりもずっと角松さんにはまっている方々にとっては、特に意味のないことなんですね。

 

私が二十歳のころ、角松さんの音楽は、おそらく当時の最先端でした。

彼の音楽は、当時のディスコ、今で言えばクラブでよく流され、

うねるようなグルーブ感に酔いしれる人が大勢いたと思います。

 

私自身も当時、「Tokyo Tower」という曲を皮切りに、

のめりこむように角松サウンドにはまっていきました。

私は「昭和の人間」なので、「昭和の最先端」である彼の曲に惹かれるのは、当然かもしれません。

 

さて、角松敏生の音楽や彼の人となりが気になる人はご自身で調べていただくことにして、

本題に戻りますね。

 

私がハンドルネームを「角松利己(かどまつとしき)」にした理由の1つが、

今お話しした点なのですが、もう1つの理由をお話しします。

 

それは、

「私たちはみな、徹底した利己主義に基づいて人生を考える必要がある」

といった信念があるからです。

 

「利己主義」とは、辞書では

「社会や他人のことを考えず、自分の利益や快楽だけを追求する考え方。

また、他人の迷惑を考えずわがまま勝手に振る舞うやり方。エゴイズム。」

などと説明されています。

 

ここだけ読むと、ちょっと共感できる感じではないですよね。

ですので、ちょっと見方を変えていきます。

 

有名な『7つの習慣』という書籍に、「私的成功」という言葉があります。

『7つの習慣』には、人生を豊かにするために必要な、まさに7つの習慣が紹介されていますが、

「私的成功」を実現するためには、その中の第1から第3の習慣を身につけなければならない、

とされています。

 

第1の習慣は「主体的である」、

第2の習慣は「終わりを思い描くことから始める」、

第3の習慣は「最優先事項を優先する」。

これら3つを習慣化することで、「私的成功」に到達できるというものです。

 

私はこの考えに初めて触れた時、かなりの衝撃を受けました。

単に、3つとも意識して人生を送ってこなかったからなのですが、

これら3つの習慣はひとことで言えば、

「自分を大切にする。」

ということであり、「私は自分を大切にしてこなかった」と気づかされたからです。

 

「自分を大切にしない」というのは、「自分は無価値だ」と自己卑下してしまう見方もありますが、

私の場合は、自己卑下的要素が2割で、残る8割は

「自己投資にコスト(時間、お金、エネルギー等)をかけてこなかった」

というものでした。

 

簡単に言えば、その時々の仕事や悩みに追われ、

一時的な対処をして次に進むといったことを繰り返して今日まで生きてきた、ということです。

そして休日になれば、何かに夢中になることもなく、

メディアが提供する娯楽を消費する程度の時間を過ごす・・・。

これでは、人生はあっという間に終わってしまいます。

 

「自分の人生のリーダーシップをとるのは、他の誰でもない自分自身である」

「人は誰でも、この世を去る時が来る」

「些事にかまけてばかりいたら、本当に成し遂げたいことは実現できない」

 

第1から第3までの習慣が語りかける、こういった考え方を日常生活で徹底しないと、

いつか必ず大きな後悔を感じることになる、ということが、実感できるようになったわけです。

 

人は、1人では生きられません。

ですから最終的なゴールは、『7つの習慣』の後半で語られる「公的成功」です。

周囲の人と協力し、信頼関係を構築し、心を通わせ、大志を達成する。

しかし、「公的成功」の実現にあたっては、まず「私的成功」を果たさなければなりません。

個人が未熟なままでは、誰と一緒に物事を進めてもうまくいかないからです。

 

ですから、まず「利己(りこ)」。

しかしこの「りこ」は、いつかたどり着く「公的成功」につなげるために不可欠である「利己」です。

つまり、「利他」につなぐための「利己」なのです。

 

「角松利己」は、「としき」の読みで変換をかけた数多くの候補の1つにすぎません。

しかし「利己」という名は、私自身や読者の方に

「まず自分自身にもっと関心を向け、注意を払い、限りある時間を納得のいく形で使ってほしい」

といった願いを込めて、つけました。

 

実はこうして字面を見てみると、かなりの違和感があるんですよね。

「利己」は、どうしても「自己中」を連想させるし、「としき」と読みづらいし、

何より、角松敏生の多くのファンの方から「変なイメージを与えないで!」と

叱られそうな感じがしたからです(苦笑)。

 

さらに言えば、見た感じの落ち着きがあまりよくないです。

さらにさらに言えば、同姓同名の方がいないとも限りません。その場合はどうかご容赦ください。

 

でも、「利己」の文字を見るたびに、思い出してほしいのです。

 

私たちは、できれば自己実現してこの世を去っていきたい。

そのために、まず自分自身に圧倒的な関心を向けてほしいのです。

多くの人が、様々なメディアを通じて、「他人の人生を追いかけることに」エネルギーを割いています。

そして、多くの人が対人関係で一喜一憂しています。

 

私の疑問は1つ。

 

「なぜ、あなた以外の誰かを自分の人生の中心に据えるんですか?」

ということ。

 

あなたは、あなた以外の誰かが主役を演じている物語のわき役に甘んじていてはならない。

あなただけが、あなたの人生の主役になれる。

 

そのことを、いつも胸に抱いていてください。

 

 

 

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