あなたは誰にコミットしますか?

私生活で成功する

皆さんこんばんは角松利己です!

 

今回は、「あなたが長い人生においてコミットすべき対象」について話をします。

 

「コミット」とは?

「コミット」とは、「関わる」という意味です。あなたが主体的に関係性を持とうとする行為を指します。ところで、長い人生において、あなたは誰とコミットしますか? 家族、同僚、生徒、地域社会などの人間関係でしょうか? いろんな可能性が考えられますね。

 

いずれにせよ、コミットする対象は、あなたの主体性が発揮されるものでなくてはなりません。「義務感にかられて、仕方なく」という対象は、除外して考えましょう。なぜなら、私たち一人ひとりに与えられた時間は有限だからです。あなたが「主体的に関わりたい」と願う対象は、有限の人生において限定されなくてはならないのです。

 

教師がコミットする対象

私たち教師がコミットできる対象として、まず考えられるのは、「生徒」です。教師は生徒あっての存在です。生徒は「顧客」であり、「何かを受け取ってもらう対象」であり、私たちの「師」でもあります。生徒は「次世代を担う存在」ですから、教師がコミットする価値は非常に高い。彼らが大人へと成長していく姿を間近で見ることができるのが、教師の醍醐味と言えるでしょう。

 

しかし、生徒はいつか、巣立ちます。つまり、教師が生徒に対して影響力を行使できるのは「今、ここ」でしかありません。確かに卒業後の生徒の行末は気になりますが、私が気にかけたところで生徒の人生は変わらないのです。彼らは新しい出会いを通じて人生を乗り越えていくだけです。卒業後の彼らにコミットすることは、不可能です。私自身はフェイスブック等のSNSを通じて、彼らの動向をときたま窺い知ることはできますが、頼られる機会でもなければ彼らの前途を祈るしかありません。

 

ただし、生徒は次から次へと目の前に現れます。高校なら3年間、私たち教師は目の前の生徒にコミットし、送り出すわけです。つまり、コミットできる期間は、長くて3年です。

 

ですが、これは本当の意味で「コミットしている」と言える状態なんでしょうか?

 

同僚はどうでしょうか? 日々、仕事をともにする存在ですから、仲良くやるに越したことはありませんよね。仕事上、同僚にコミットするのであれば、共通の目標を決め、コンセンサスを図りながら、生徒の成長のために、あるいは校務を効率よく効果的に行うために協力することが求められると思います。

 

しかし、現実はそううまくはいきません。27年にわたる教員経験において、今述べたような事柄が達成された記憶は、ほとんどありませんでした。理由はいくつかありますが、最大の問題は、

利益を追求しない仕事には「合意形成」や「変化」は必要ないこと。

この点に尽きます。

 

上記の理由に無自覚であれば、教師の仕事は続けられます。あるいは、自覚しても我慢できれば、やはり続けられるでしょう。私が我慢できないだけです(笑)。歳を重ねた結果、私は同僚と「同じ景色」を見ることが難しくなりました。もちろん、仕事を離れればいい人たちが大勢います。むしろ、同僚とは仕事以外の場で互いの人生について理想を追いかけるような話をしたいと思っています。ただ、仕事の話はムリですね。

 

趣味の仲間はどうでしょうか? 仕事をしていれば、週末にあって同じ嗜好同士で何時間でも時間をともにしたり、話し合ったりすることができそうですね。さらに、共通のライフワークを持つ仲間同士なら、価値創造という明確なゴールに向けて前向きな話が尽きることはないでしょう。

 

ただ、そんな仲間も、「いつかは別れる関係性」の中にあります。あなたの人生があなたの歩みとともにシンクロするのは、「家族」しかありません。

 

 

コミットすべきは、家族。

結論を言えば、あなたが人生においてコミットすべき存在は、「家族」しかありません。言い方を変えれば、「家族だけが、あなたがコミットすることを許された存在」なのです。あなたにとって家族以外の対象は、時とともに変化していきます。ですが、家族はいつまでもあなたにつきまといます。善きにつけ、悪しきにつけです。ならば、コミットしない方がおかしなくらいです。

 

家族はあまりにも身近な存在すぎて、取り扱いが厄介ですよね。私もたまに、不思議に思うくらいです。「たかだか血縁や戸籍上の関係で、こうまで束縛を受けたり、心にさざ波が立つ存在とは何なのか?」と。

 

でも、家族以外の対象なら、なにか問題が起こればすぐに手を引くことができます。その関係に静かに幕を下ろすこともできますよね。だったら、家族に対してくらいはコミットしないと、自身の帰属すべき場所が揺らいでくると思いませんか?

 

 

『7つの習慣-人格主義の回復-』には、こう書いてあります。

 

「家族」と「仕事」は、車の両輪である。片方の失敗を、もう片方が肩代わりをすることはできない。だから、どちらも手に入れる必要がある。

 

圧倒的に長い時間をともにするのが、家族です。家庭内が穏やかで充実していれば、思う存分仕事に打ち込めます。逆に家庭にさざ波が立てば、仕事に身は入らないでしょう。片方のミスをもう一方で取り返すことは不可能です。仕事で成功したいと願うのならば、同時に家庭も成功させる必要があり、その逆も然りです。

 

原則とビジネス思考が、家族と過ごす時間を創り出す

私は39歳で結婚し、44歳の時に娘を授かりました。独身時代の17年間は仕事に打ち込み、結婚後、娘を授かるまでの5年間も仕事に打ち込んできました。授業でも部活動指導でも、足りないスキルをその都度磨くよう努めてきました。

 

45歳で仕事中心の生活を見直し、定時で帰ることを決めました。さらに48歳で『7つの習慣』と出会ってからは、「原則」と「ビジネス思考」が仕事に対する向き合い方のすべてを変えました。その結果、家族と過ごす時間が圧倒的に長くなり、「自分の人生を生きている」実感に包まれたわけです。

 

教員は、意識しないと本当に家族と過ごす時間が少なくなります。「仕事があるから」は、「生徒たちの面倒をみるから」という言葉に置き換えられるため、家族から離れることを何となく正当化してしまいがちになるんですよね。

 

でも、こんなふうに仕事にかまけて、やがて定年を迎えた時、私は家族と向き合えるのか?といった、漠然とした不安があります。子どもの幼少期に付き合わず、妻とどうでもいい話を延々と交わすこともなく、「生徒の成長に携わった」という感覚だけが手元に残る。だけど定年を迎えたその時、それまで直視してこなかった現実に後悔する日が来るような気がするんです。

 

だから、家族にコミットする。

家族だけが、コミットすることを許された存在だから。

コミットする対象は、自身の存在意義を再確認させてくれるから。

家族は仕事の苦しみを半減し、仕事の喜びを倍加し、仕事への向き合い方を何倍にもしてくれるから。

 

あなたの代わりは、無数に存在します。これは事実です。

仕事にかまけてばかりじゃ、大切な人たちとはすれ違うだけです。

 

では、あなたは長い人生において、

誰とコミットするのか?

誰のことを考え続けるのか?

誰にエネルギーを費やすのか?

コミットし続けるために、何を見直し、変えるのか?

 

早い段階で考え、行動した人が、後悔しない人生を送れるはずです。

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