1. 教師は「自身が教わったこと」を教えてはならない。

仕事で成功する

あなたと生徒は別人

 

あなたは教師として、

自身の経験に基づいて生徒に日々接していると思います。

特に成功体験があれば、

できる限り生徒に還元してやりたいと思うのではないでしょうか。

 

しかし、あなたが自身の経験に基づいて、

たとえば成功体験をそのまま生徒に真似させたり、

逆に生徒のために自身の失敗体験を話して同じ轍を踏まないように諭しても、

ほとんど生徒のためにはなりません。

 

理由は簡単。

あなたの経験は、生徒の成長につながらないからです。

 

あなたがすべきは、

「あなた自身が力をつけること」

「生徒との信頼関係を築くこと」

の2点です。

 

私たち教師は、日々生徒に接する中で、自身の価値観を伝えています。

このことについては、誰も異論は差し挟まないと思います。

 

誤解がないように言えば、

「すべての教育活動を通じてあなた自身の価値観を伝えている」、

ということです。

授業でも、HRでも、部活動でも、お便り1枚に過ぎないものでも、あらゆる場面で

「私はこう思う。」

という意思表示をしている、ということです。

 

ところで、その価値観は、誰から教わったものですか?

おそらく親をはじめとした家族、その時々に接してきた教師、書籍の言葉など、

何らかの形であなたの身近にいた影響力の強い人物から受け継いできたのではないでしょうか?

 

ここで改めて考えてほしいのですが、

あなたの価値観は、生徒の成長に寄与していますか?

 

私自身、この質問に対してはっきりと「yes!」と答えることはできません。

 

教育とは、保守

 

私は現在50代ですが、私が小中高で教わった価値観は、すでに通用しません。

さらに言えば、私が教師になったばかりの頃に触れた学校観・教師観も、

すでに過去の遺物と化しています。

 

しかし驚くことに、

現在の教師を取り巻く文化と30年近く前の教師のそれとでは、

価値観がほとんど変わっていません。

 

✔「生徒にとって最も大切なことは勉強すること。」

✔「こつこつとまじめに取り組むことが大切。」

✔「頑張ったんだから、それで十分。結果よりも努力の過程が大切。」

✔「授業は静かに聞くもの。」

✔「ノートはきちんと取りなさい。」

✔「目上の人の言うことは聞きなさい。」

✔「みんなと協力してやりましょう。」

 

どれも、的が外れています。

 

ちょっと考えてほしいのですが、

上に挙げたことを生徒に促して、彼らはうまくいきましたか?

 

生徒にとっての最優先事項

 

そもそも生徒が勉強に集中するためには、

彼らにとって勉強よりずっと大切な課題が解決されることが前提

です。

 

しかし、たとえば友人や家族との関係がうまくいかず、

あるいは進路実現への道が閉ざされている中で苦しんでいる生徒は大勢います。

そういった生徒にとって、勉強は二の次、三の次でしょう。

 

こつこつとまじめに取り組む生徒は、

単に「教師にとって接しやすい生徒」に過ぎません。

教師にとってはとてもありがたい存在です。

ですが、真面目に取り組んで結果が出ていなければ、

結果を出せるよう働きかけなければなりません。

 

「静かな授業」とは「教師による一斉授業」です。

それは「学習ピラミッド」の観点から言えば、生徒に利益をもたらしません。

身につかないだけでなく、楽しくもない。

 

「ノートの点検」は、おそらく現在では

「困難校における平常点確保」

程度の意味合いしかないと思いますが、これは

「教師自分が板書した内容を生徒がきれいに書いているか」

だけを確認する作業です。

 

生徒が独創性あふれるメモをノート代わりにしていた場合、

そのような教師はその生徒の試みを許容できるのかどうか、疑問です。

そもそも板書内容は量が増えれば増えるほど、

生徒自身の思考時間を奪っていることになります。

どんな理屈をつけても、ノートをきれいに取るように促すことは無意味です。

 

目上の人の言うことを、聞いてはいけません。

それは「個人的な価値観」に過ぎないものです。

その教師の経験の総体でしかないのです。

 

何を伝えるべきか?

 

仮に成功体験を伝えたとしても、それは個人的な経験です。

伝えるべきは、普遍性の高い「原則」です。

「原則」は、人の人生を豊かにするものであり、汎用性が高く、一貫していて、

個人的な価値観をはるかに超えて役に立つ考え方です。

 

「みんなと協力してやる」こと自体は悪いことではありません。

しかし、条件があります。

それは、「1人でやるよりもはるかに大きな収穫が期待できる場合」です。

そういった収穫が期待できないのであれば、

1人か、2から3人程度の少人数で取り組ませた方が効果的です。

 

たとえば、授業をはじめとして学校生活の至る所で「グループ活動」が展開されます。

しかし、私の見る限り、そのグループ活動がもたらすものは

「友人と一緒にやっているから何となく楽しい」程度のものです。

そして、どんな活動をやっても数人は「埋没」します。

 

しかし、現代社会は「定められた時間内に一定の結果を出す」ことは不可欠の視点です。

これを達成させたいと思うなら、達成までのプロセスを示したうえで、

1人またはごく少人数で徹底的に考えさせることです。

 

まず個人を鍛えなければ、成果は出ません。

烏合の衆は、何度グループを編成し直しても烏合の衆でしかないのです。

 

まず、教師が成長する

 

私たち教師は、自分たちが教わったことを教わったやり方を、

そのまま生徒に伝えてはいけません。

理由は簡単。

生徒の成長につながらないからです。

 

そして、もっと重い理由は、あなた自身の成長につながらないから。

あなたが成長しなければ、あなたから教わる生徒は、成長どころではありません。

 

でも、あなたが自身を磨くための努力を怠らず、

同時に生徒との信頼関係構築にエネルギーを割いていたなら、

必ずいい結果が出ます。保証します。

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