志とスキルがあれば、教育は可能 2

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皆さんこんばんは角松利己です。

 

今回も、「志とスキルがあれば、教育は可能 1」に引き続き、リクルート発行の雑誌「Career Guidance」432号(2020年5月)掲載の記事を読んだ感想を書きますね。

 

テーマは、

「学校に変化を求めている人たち」の考え方に触れ、学校の方向性を探る

です。

 

学校関係者でない方の未来志向の考えは、私たち教師が大いに参考にすべき点だと思うので、どうかご覧ください。

 

今回は、お2人目の方のコメントを抜粋します。

 

ルーティーンから抜け出して異なる世界に飛び出していく力、既存の概念を打ち破って新しい価値を作り出す力が日本は弱い。

 

じゃあどうすれば変わるだろうと考えたときに、大人に対してアプローチしたところで対症療法に過ぎない未来の「いい仕事をする大人」を育てるためには、教育から変えていくしかない、という結論に至りました。

 

先生たちの「失敗してはいけない」「きちんとしないといけない」という思いがとても根深いということです。予定通りに進めて規定のオチに持って行く予定調和的な学びは、生徒からも見透かされます

 

先生自身が一緒になって作ろうと動き出せば、社会のさまざまなステークホルダーと協働できるはずです。目の前の子どもたちが出て行く社会がどうなるのか、何を求めているのかを考え、いろんな人とつながりながら学校をアップデートしてしい

 

教育は、先生だけが背負うものではありません。

 

経済産業省サービス政策課長・教育産業室室長 浅野大介さん

 

 

誰にアプローチする?

浅野さんの方向性は、私自身もずっと考え続けていたものでした。

それは、「アプローチすべきは、大人か、子どもか?」という点です。

浅野さんは、「大人へのアプローチは対症療法子どもに働きかけるからこそ、未来が変わる」と明言しています。

 

確かに、変えやすいのは「子ども」です。幼少期に受けた教育がその後の人生形成に大きく影響することを考えれば、「鉄は早いうちに打つ」に越したことはありません。一方で、現実世界において力を持つのは「大人」です。もっと言えば、子どもにとって最小単位としての社会である「家庭」を切り盛りし、方向づけるのは保護者という「大人」であるということです。家庭環境や親の方向づけ次第で、子どもはどのようにでも変わっていく。

 

学校教育は、そういった家庭教育の不足分を補う役割を担ってきたわけですが、ではやはり、働きかける対象は「大人」なのか? と改めて問い直してみた場合、そうともいえないんですね。

 

現在の大人は、旧来的な価値観の中で生きてきた人たちです。だから、そこから抜け出せない。さらに「変化を嫌う。あるいは恐れる」という人間に備わった性質が、新しい考えに対する抵抗を強固にしていきます。さらに、経験や加齢が「抵抗」に拍車をかけます。

 

「大人を変える」ことは、かくまで困難なことです。

 

「大人は変えられるのか?」

この質問に対する答えは、残念ながら、「Noです。よほど大きな「外圧」がかからないと、大人は変われません。ただ、その「外圧」が今、多くの大人たちにかかってきている真っ最中ですが。

 

この「外圧」は、表面的には「新型コロナウィルス」ということになっています。しかし、大切なのは「外圧の余波」という形で噴出している本質的な部分でしょう。たとえば、それは「旧来の社会構造や就労形態の見直し」であり、「若者を中心とした、変革を望む声と具体的行動」などです。

 

大人はこういった動きに対して対応しなければならない状況に追い込まれています。正解はありません。正解に近づくための唯一の方法は、「大人が既得権益を手放し、年齢性差に関係なく声を拾い続け、着手しやすい方策の実現を進めていくこと」くらいしかないのです。

 

 

子どもはお金にならない

余談ですが、教育に限らず、子ども自体がその対象になり得ないことには、明確な理由があります。それは、

 

「子どもはお金にならないから」です。

 

大人にとって、多くの利益(ここではきわめて表層的な利益、つまり比較的短期間にもたらされる金銭的利益や社会的なステイタスを指します)を運んでくれるのは、大人です。今月の給料を払ってくれる人、自社に利益をもたらしてくれる他社の存在、一緒にいることで虚栄心を満たしてくれる人、これらはすべて、大人です。だからすべての大人が(時と場合によっては子どもさえも)大人を相手に「ビジネス」という名のやり取りをします。

 

子どもは大きなお金を持っていないし、仮にそれを奪おうと思っても保護者によって守られている。あるいは子どもから信頼を勝ち得ることよりも、周囲の大人から可愛がってもらうことにコストをかけた方が、毎日が楽しく過ごせる。

 

だから、多くの大人は子どもを相手にしないんですね。

 

だとしたら

公教育は、直接的金銭的社会的な対価を度外視したうえで子どもたちに日々働きかけることのできる、最前線

ということになります。

 

つまり、公教育を担う私たち教師にとっては、教師を「捨てる」ことが不可避なんです。「大人として子どもを正しく導く」ことは、おこがましいことです。私たちは、そんなに世間のことを知っているわけじゃない。担当教科や部活動、教育や心理に関する知識が多少あるくらいです。

 

それよりも、「子どもたちから信頼されること」を最優先事項とし、彼らからアイディアをもらい、彼らと協力して、彼らに不足している点をサポートする。そうすることが、長期的に見た「利益」であり、きわめて自然な流れと言えるのではないでしょうか。

 

 

とは言え、この試みは「大人への働きかけ」とパラレルに進めていかなくてはならないでしょう。今回のウィルス禍は、教育の大転換をもたらします。それは、単に「オンライン授業をどう進めるか」程度の話ではありません。社会構造が大きく変わるこの機会に、大人たちが「教育の本質」や「人生という名のキャリアそのものの在り方」について語る、避けて通れない機会が「今」なんです。

 

 

「大人は変えられるのか?」

「子どもはいつまで待てばいいのか?」

 

この疑問に対する回答は、こうです。

 

大人を変えるのは困難であり、子どもは待てない。

だから、子どもと大人の双方に、パラレルで働きかける。

短期的視点と長期的視点、双方の視点に立ち、現実に対処しながら理想を追う。

 

 

あなた自身のキャリアを築こう

特に、長期的視点、いわゆる「キャリア視点」は外せません。

「キャリア」とは、最小単位で捉えれば、「私たち一人ひとりの人生」の捉え方を指します。ですが、少しだけその範囲を広げると、「家族全体の人生」になります。メンバーがその時々で自在に変化することは百も承知で、それでも、長い時間のある期間だけでも、家族全体で「全体のキャリア」を考える機会があるといいと思います。

 

そしたら、あなたが帰属する集団の「キャリア」についても、「考えてみよう」と思うようになるんじゃないでしょうか? そしてそれが拡大を続ければ、「国家のキャリア」を考えてみようと思うようになるかもしれません。

 

「誰にアプローチするの?」

 

最初の質問に答えましょう。

 

子どもに? もちろんです。子どもの信頼を失えば、大人はもう「大人」ではなくなってしまいます。

 

では、大人に対しては? 働きかけを地道に続けましょう。私はこうしてブログを書いていますが、想定読者は基本的には「大人」の方々です。私が大人を信頼していなければ、この記事を書いてはいません。

 

でも、一番大事な対象は、「あなた」です。

 

あなたが、あなた自身に働きかけ、パラダイム転換に至り、心を奮い立たせて行動する。

 

これが、望ましい将来へのの最速の道です。

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