生徒のいない学校で得られた、2つの問いかけとその解答。

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皆さんこんばんは角松利己です!

今回は、生徒不在の学校で感じた「2つの疑問」について記事を書きます。

生徒のいない学校は

2020年4月15日(水)から5月6日(水・祝)までの3週間、本県の県立高校では臨時休校措置がとられています。

 

昨日はその初日。私を含めた同僚は、いつも通り出勤し、8:30に朝礼を行い、仕事を始めました。教務室の至る所で情報交換が、これまたいつも通り始まります。そして10分くらいすると喧噪も落ち着き、各自が机に向かって思い思いのことに取り組み始めました。

 

教師は何を?

私はといえば、新学期最初のめまぐるしい1週間がやっと終わったばかり。「何に取り組もうか?」と考えながら最初にやったことは、同僚が何をしているか、でした。

 

ある人は、分掌業務。ある人は部活動関連の連絡、ある人は教材研究・・・。皆さん、何の躊躇もなく、自分のやるべき仕事に即座に取りかかっています。

 

再び私は、と言えば、そういった同僚の様子を見てもエンジンがかかることはなく、しばらく自席でぼんやりしていたんですが、そのうち、

 

「そうだ。今日からやりたいことをやるんだった!」

 

と、さもたった今思いついたかのような声をつぶやき、ワードソフトを立ち上げたわけです。

 

よく考えると、今日から臨時休校措置に入ることは前日にわかっていたわけです。だから私は昨日の時点で、「明日からの臨時休校中にやりたいことリスト」を作っていました。

 

私の「やりたいことリスト」は、

 

・情報発信のための原稿を書く(そのための草案ファイルをメール送信)。

・ずっと読めていなかった本を読む(教師としての幅を広げるとともに、生徒に還元できる内容のもの)。

・運動して汗をかく。

 

この3つでした。

 

結果として、上記リストに挙げた事柄は、すべて達成できました。途中、会議が入ったり、保護者対応があったり、生徒宅に電話をかけたりする必要もありましたが、こちらもすべてクリアです。その後は退勤時刻を1時間早め、16:00に年休をもらって帰宅。天気が良かったので、運動不足の飼い犬のために散歩に出かけ、春のひとときを楽しむことができました。

 

この日、私が思ったことが2つあります。

 

それは、

「仕事の理想型とは何か?」
「教師にとって、生徒はどんな存在なのか?」

 

この2つの疑問と、それに対する答えでした。

 

 

「仕事の理想型」とは、「やりたいことをやり、価値を生むこと」。

私は臨時休校の初日に、「やりたい」とおもっていたことをほとんど実現しました。ただ、それは生徒がいなかったからではありません。私は7年前、45歳の時からこういった時間の使い方をしています。今回も、その延長に過ぎなかったわけですが、この春に移動したばかりの新しい環境でもそのやり方が通用したことに小さな喜びを感じていました。

 

限りある人生の価値を自覚し、最優先事項が何であるか常に軌道修正を図りながら自分のスタイルを崩さなければ、それが実現します。

 

「やるべきこと」ではなく、「やりたいこと」を優先することは、『7つの習慣』の第3の習慣:「最優先事項を優先する」ことと、第7の習慣:「刃を研ぐ」行為にあたります。

 

私にとっての最優先事項とは、ちょっと大げさに言えば、「その状況で最高のパフォーマンスを発揮すること」です。生徒がいれば、最高の授業をする。生徒不在なら、いない中で最も大きな成果が得られることに取り組むわけです。

 

「成果」には、もちろん「自己研鑽」も含まれます。価値を提供するために情報発信というアウトプットを午前中に行い、午後は読書というインプットを行う。私がこの時間を使って生みだした考え方すべてが、臨時休校開けの生徒に還元される。そう考えるだけでワクワクします。

 

この営みは、同時に教師としての自分自身の刃を研ぐ行為に当たります。歯磨きをしなければ、すぐに虫歯になって取り返しのつかない状態に陥ってしまいますよね。愛着ある道具も、手入れを怠ればすぐに錆びついてしまいます。教師が自己研鑽を怠れば、教師としての存在意義を失います。何年も手つかずのまま、時代に置き去りにされた状態で生きながらえるのは嫌ですよね?

 

 

生徒は「顧客」だった。

生徒のいない学校で得られたもう1つの疑問。

「教師にとって、生徒はどんな存在なのか?」

この質問に対する回答は、「生徒は顧客である」ということでした。

 

今日はまだ、臨時休校2日目でしかありません。にもかかわらず、ある同僚は休校前日から「生徒がいないなんて、明日からどうすればいいの・・・」と、途方に暮れていました。私は内心、「滞っていたやりたいリストに取り組める!」と喜んでいたんですが、いざその状態が始まってしまうと、ちょっとした虚しさに襲われたのも事実です。

 

時間をもてあますという感じにはなりません。だって、「やりたいリスト」は尽きることがないわけですから。そうではなく、「働きかける対象」が目の前にいないことに、寂しさを感じていたんです。どんな仕事も程度の差こそあれ、その「対象」を必要としていますが、「生徒」とは「未来を変える可能性に包まれている」という点において、特別な存在でしょう。そういった対象を一時的にでも失うことは、教師にとって損失と言えます。

 

生徒がいなければ学校は成立しない。

教師は「生徒」というサービスの受け手がいない状況で立ちつくす。

 

生徒は「顧客」でした。「いなくなってはじめて、その価値がわかる」。どこかで聞いたようなセリフですよね(笑)。対象になるのは、たとえば家族や恋人など、大切な人。教師にとって、生徒は紛れもなく「大切な存在」だったことが、こんな状況下ではっきりとわかったわけです。

 

 

3週間あったら、あなたは何をする?

臨時休校という事態が教えてくれたことは、

 

「仕事の理想型」とは、「やりたいことをやって価値を生むこと」。
「教師にとって、生徒は大切な顧客」。

 

この2点でした。

 

もし、私と同様に、「生徒不在のまま3週間を過ごす」ような状況に置かれていたとしたら、

あなたはどうしますか?

 

私には、こういった期間にやりたいことがあります。

教材研究ではありません。それよりも、もっと大きな価値を生んでくれるものです。それは究極的には、私自身が「最優先事項を優先」し、「刃を研ぎ続ける」行為。アンテナを立て、長期的視点に基づき、少ないコストでより大きな効果につながるような試みです。

 

そして、「顧客」としての生徒の存在に思いを馳せること。生徒不在のこの状況下で、生徒に価値提供するにはどんなアプローチがあるのかについて、考え続け、試行錯誤していくこと。これしかありません。

 

臨時休校中に学校側が生徒や家庭に対してできることは、「学習支援」や「生活支援」です。前者においては「オンライン授業」を中心とした、ネットを通じたやりとりを。後者については「生活習慣維持」や「保護者との信頼関係構築」に向けた働きかけが想像できます。

 

今回の新型コロナウィルスの世界的な感染拡大状況下では、「学校がイレギュラーな事態にどう対処するか」が問われています。

 

これは見方を変えれば、

 

教師が自身の役割について再考する絶好の機会。
教師が新たなスキルを身につける絶好の機会。
学校が、生徒や保護者との信頼関係を深める絶好の機会。

 

このような捉え方ができます。

 

期間は「3週間」あります。

 

ところで、あなたは何をしますか?

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