保護者多すぎ!

仕事で成功する

生徒の自立を阻むものは、教師

あなたは、生徒の「保護者」を務めていませんか?

 

もしそうだとしたら、今すぐ、「保護者」をやめましょう。

 

理由は簡単です。

 

教師が保護者であり続ければ、生徒は永遠に自立の道から遠ざかってしまうためです。

 

しかし、あなたが「保護者」を辞めるのは、容易ではないでしょう。

あなたは無自覚に「保護者」を務めることで、大きな恩恵に浴しているからです。

 

社会と家庭は連動している

ここで言う「保護者」とは、「面倒をみる人」を意味しています。

「保護者」は、子どもの言動の最終的な責任者です。そのため、必要に応じて子どもの言動を統制する必要があります。

特に、好ましくない言動に対しては、その場ではっきりと注意しなければなりません。

 

ところで、近年は「家庭での教育力」が取り沙汰されています。

家族構成の変化や価値観の多様化が、各家庭における「教育力」を弱くしている、といった問題です。

 

ただし、ここで言う「教育力」とは、「社会通念を反映させている教育力」を指します。

つまり、今まで「社会で当たり前のように受け入れられていた価値観」が、家庭でも共通理解として認識されていたことを意味しています。

 

ですので、個々の家庭が形式的にも内容的にも大きく変化してきている以上、家庭での「教育力」は、弱くなっていると言えるでしょう。

 

そのため、学校が家庭の役割を担うこと、つまり、従来家庭で行われていた教育を学校現場で行うことが求められるようになりました。

そして、この「役割」は、主に「しつけ」を意味しています。

 

私たち教師は、生徒の髪の色や長さ、髪型を見ます。次に化粧やピアスの有無、規定の制服を着用しているかどうか、

着崩しはないか、うち履きのかかとを踏んでいないかなど、外見に関するチェックです。

次に、遅刻の有無や言葉遣いなどの言動です。

 

社会に出た後、きちんと適応できるかどうかといった観点から生徒を捉えます。

 

しかし、このような判断やチェックは、本当に必要なものでしょうか?

 

先に述べたようなチェックは、学校には必要がない、と私は思っています。

 

本質を追わない学校

そもそも、なぜこのようなチェックが必要なのでしょうか?

 

大人は「社会への適応」をその理由にしています。

しかし、その社会自体が大きく変わっているのです。

 

現在の日本社会では、多くの事柄が飽和状態にあります。

衣食住に関しては、高望みしなければ一人で十分やっていける社会です。

結果として、「個人の価値観に合った豊かさ」が追求されているのです。

個人が目一杯、自身に与えられた才能を努力によって磨き、生き生きとした人生を送ることで自己実現を図り、社会に貢献することが求められているのです。

 

そのような中で、生徒の表面的な言動に焦点を合わせていて良いのでしょうか?

 

私たち教師がすることは、「生徒の力を伸ばすこと」です。

個々の生徒に対してこのことを実践しようとするのであれば、生徒の表面的な言動を取り上げている暇はないのです。

 

どうしたら、その生徒の良さを社会に還元できるか。

そのことに焦点を絞って接することが必要です。

 

社会が淘汰する

ところで、あなたには疑問が残っているでしょう。

 

「生徒の言動をチェックせずに社会に出すことは、教師としての役割放棄ではないか」と。

 

違います。観点が明らかにずれている。

 

学校は、家庭におけるしつけを代行する場ではありません。

これは、「家庭のことは家庭で」といった、旧来的なそもそも論でもないのです。

 

理由は明白です。

社会で受け入れられないものは、淘汰される。

 

社会を眺めてみればわかりますが、奇抜な髪型や色、服装をしていながら、礼節をわきまえ、誠実に振る舞い、自身の得意分野で精一杯自己実現を図っている人たちは、たくさんいます。

それが芸能人であろうと、プロスポーツ選手であろうと、知識人であろうと、自由業者であろうとです。

彼らは、表面的には目を引きますが、自分のやりたいことに打ち込んでいます。同時に社会に貢献もしています。

 

力があれば、中身があれば、誰もその人を表面上で判断しなくなります。

しかし、現実に私たち教師は、生徒の表面にしか目がいきません。

 

私たち教師は、生徒の良さを引き出し、社会に還元するのが仕事です。

 

高校3年間で、それをやるのです。時間がないのは十分承知しています。

でも、そうすることで、教師も生徒も、そして保護者も納得のいく、濃密な時間を過ごせるはずです。

 

社会を知ることがすべて

そのためにやることは2つ。

 

1 人生設計のプロセスを現実的に踏ませること。

  社会の動向を伝え、個人の力を伸ばすことが、どれくらい意義深いことであるかを伝える。もしくはカリキュラムに組み込む。

 

2 生徒には自由な外見を保証し、学校内ではチェックの対象にしないこと。

  ただし、社会では受け入れられない可能性があることは伝え、個人の価値観に沿った言動が、公共の利益とぶつかった時に初めて、罰則を与えること。

 

これだけです。

 

人は自身にとって好ましい環境を作った後で、はじめて自己実現を考え始めるものです。

私たちは本質に目を向けさせ、生徒が百年もの間、人生を豊かに過ごせるような現実的な考え方と方向性を与えなければいけません。

社会は必ず、従来の価値観から解放されていきます。教師は「保護者」であることをやめ、生徒を一人の大人として扱い、接することです。

生徒が自立できないのは、学校が家庭の延長になっているから。

 

だったら、あなたは教師であるあなたは、

今すぐに「保護者」としての役割を手放すべきです。

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