空白の3年間

セカンドキャリアを構築する

担任のない教師

現任校に勤務して、あと4か月ほどで3年が経とうとしています。

この間、私はほとんど仕事らしい仕事をしていません。理由ははっきりしていて、「担任を務めなかった」からです。仕事にどれだけ打ち込んだのかという観点で見れば、この期間は「空白の3年間」と言えるのかもしれません。確かに私は、何かに情熱を注いだわけでもなく、学校の変革に寄与したわけでもなく、生徒から高い支持を受けるような授業を行ったわけでもありません。現任校では担任を務めるかどうかが校務全体に入れ込む度合いを決めるカギになっています。よって担任をしていない私は、入れ込む対象を持っていませんでした。

 

2つの決心

現任校における担任指名のルールは、私が推察したところ「着任順、年齢順」だったようです。もちろん、どこの学校でもそうだというわけではありません。たまたま当時の校長の考えがそうだったということです。

 

しかし、私は内心「2年目以降は担任を持たされるかもしれない」と思っていました。

現任校に異動するまで、私は10年連続で担任をもっていました。年齢的には30代後半から40代後半にかけての時期にあたり、教師として一定のキャリアを積み、最も充実していた頃だったのです。

 

現任校2年目の年、私は50歳。どの学校でも、翌年度の所属学年や担当する部活動および分掌の希望をとるものですが、1年目の終わり、私は「どこに配属してもらっても構わない」と記入して提出しました。そして2年目の終わりにも同様に書きましたが、結果として担任は、なし。3年間ずっと3学年所属の副任という形でした。

 

現任校では、担任以外は仕事の負担を感じることのないシステムです。通常は、学年主任と担任が兼務することはないと思いますが、現任校では兼務。「兼務の方が仕事がしやすい」といった考えもわからなくはありません。しかし、担任の仕事は非常に忙しそうでした。各分掌の代表者も担任と兼務にはなりません。これは当然と言えます。私は、担任でもなく、分掌の代表でもなかった。加えて、それまで10年連続で担任を務めていた忙しさが身に沁みついていたこともあり、忙しさという点では大きな落差を感じました。

 

2年目に担任指名がなかった時点で、私は肚を決めました。

「人生の棚卸」「学校外でのコミュニティづくり」です。

 

人生の棚卸で見えたもの

私には「早期リタイアして起業する!」という夢があります。そのため、この機会に「人生の棚卸」をしようと思いました。

 

・自分の「資源」は何か?

・過去に何をしてきたか?

・一生をかけてやり遂げたいことは何か?

・それを実現するために何が必要か?

・捨ててもいいものは何か?

 

これらの事柄についてメモを取り、表を作り、関連付けを行う作業を頻繁に行いました。

 

すると、いろんなことがわかってきました。

 

・私は、こんな価値観が好きなんだ。

・私のこんな面を、生徒は評価してくれた。

・私は、こんな人とは付き合いたくない。

・これをしているとき、私は飽きることがない。

私には、時間がない―――。

 

最後の点は、わかっていたことですが、つくづく噛みしめなければならないことです。私の年齢では、大きなチャレンジをするには相当の準備と実行力が必要です。仮に50歳から準備を始めたとしても、実行に移せるのは数年後。もしかしたら、定年退職後も再任用制度に乗って、エネルギーのない状態で生徒に向き合わなければならない―――。

 

それだけは、避けたいことでした。残された時間は、わずか。日々、自分を高めていくしかありません。

 

セカンドキャリアへの足掛かり

もう1つは、学校外にコミュニティを作ることです。

 

私は48歳の時に、「7つの習慣」という世界的な自己啓発・ビジネス書籍の個人向け実践会ファシリテーターの資格を取得していました。「7つの習慣」でうたわれている原理原則は私の価値観と非常に近く、多くの人に支持・共感される考え方であると確信していたため、市内のコミュニティセンター等の場所を借りてセミナーを開催しました。

 

ただ、いわゆる「集客」について完全に素人だった私は人を集めることができず、セミナー開催は頓挫していました。しかし、ご縁があり、49歳の時はたった1人を対象に、50歳の時は先の1人を含めた(つまり「2周目」ですね)2人を対象に、1年で12回、2年で計24回のセミナーを開催するに至りました。

 

嬉しいことに、その2人との関係は今でも続いています。たまに会って互いの人生の進捗状況を報告しあっているのですが、同じ志の仲間と本質的な事柄について語り合うのは私にとって非常に価値が高いことなので、やはり仕事以外の場で利害関係のない人たちと意見交換することは大切なことだと思っています。

 

さらに、私は手を広げました。

 

48歳で「7つの習慣」実践会ファシリテーターの資格を取得した際に、「この流れでもう1つ資格を取ろう」と考えたのです。それが、「交渉アナリスト」という資格でした。

 

「7つの習慣」は理念の高さもさることながら、同時に現実的な面も併せ持っていて、単なる空論で終わらない楽しさがあったのですが、ファシリテーションを続ける過程で、「さらに実践的な力を与えることはできないだろうか?」と考えるようになりました。そこで目にしたのが「交渉」という考え方です。こちらも、48歳で「交渉アナリスト2級」、49歳で「交渉アナリスト補」、そして50歳で晴れて「交渉アナリスト1級」を取得できました。

 

*こちらの画面の中に、私がいます。興味のある方は探してみてください。

http://nego.jp/interview/

 

こうして、職場以外に活動の場を広げることで、すぐに金銭的な利益につながらないまでもセカンドキャリアへの足掛かりを作ることにつなげています。

 

環境をフルに活用する

・1年目、2年目ともに年休をほぼ消化(1年で20日間)。

・夏休み期間中の勤務は通常より1時間早め、7:30から16:30。午後2時以降は年休を取得。

・基本的に、定時に帰る。

・気分転換が必要なら、2時間から3時間の年休を取る。

 

この2年半は、ずっとこんな感じです。その代わり、勤務時間中はほとんど横道にそれることなく、仕事に邁進します。話しかけられれば話しますが、自分から無駄口をたたくことは48歳以降、やめました。そして、いつもアイディアを膨らませています。

 

自分の裁量ですぐに始められ、コストがかからず効果性の高いことにチャレンジするのは楽しいことです。2019年度は現任校で3回目の3学年担当。担任ではないので、時間はあります。過去2年間、夏休み以降は進学関係の「志望理由書」や「小論文」の添削を行ってきましたが、原稿を受け渡すタイミングが私と生徒との間でスムーズではありませんでした。そこで、タイムラグをなくすと同時に生徒から信頼を得る目的で、「添削用メールアドレス」を1つ作り、ネット上で原稿をやり取りすることにしました。7月の終わりころに設置したアドレスに送られてきたメールは、延べ93通。土日もなく添削しましたが、「早く返して、次の原稿を書いてほしい」という私のニーズと、「早く返してほしい」という生徒のニーズは合致したように思います。

 

学校を離れれば、セカンドキャリア構築に向けた準備です。メルマガ、ビジネス書を読み、起業に関する情報を貪欲に吸収します。2018年には1か月間、地元商工会議所主催の起業塾に参加し、自身のプランを他の参加者や講師の方に提案、その反応を見ました。何でも、やってみないとわからないことがあります。まずは、「外の世界」をこの目で見てみることが、特に教師にとって必要と実感しました。

 

意味を与える

「人間は意味を見出す生き物」と言われています。御多分に漏れず、私も「この3年間が自身にとってどんな意味があったのか」について、問い直しました。

 

以前の私なら、きっとこう考えたと思います。

 

「この3年間は、10年連続で担任をやってきた自分に対するご褒美に違いない。今までずっと走り続けてきたんだから、ここで少し休んでいいよ。私生活を充実させて、また校務に励んだらいいじゃないか」と。

 

――――――無理ですね。今の私なら、とてもそうは思えません。

 

「お前は本当にやりたいことがあったんじゃないか? 今まで通りの生活を送っていても、きっと何も考えることなく定年を迎えてしまう。その時、何かを始めようと思っても、きっとお前には体力どころか、精神力すら残っていないだろう。50歳のお前が心身ともに充実した状態で動けるのは、せいぜい10年だ。いや、もしかしたら、お前の命が途中で尽きてしまうことだってあるだろう。この3年間は、偶然与えられたにすぎない。―――ところで、お前は何がしたいんだ?」

 

そうです。このような3年間が私に与えられたことは、「偶然」に過ぎない。ただし、「偶然」と切って捨てるにはあまりにも貴重な時間でした。ならば、私が考えるべきことは1つです。

 

「新年度に入ったら、今年と同じ状況は生まれない。」

「3年間の空白は、残る教員人生では2度とない。」

「この3年間は、未来への布石。」

 

3年間は、「空白」ではありません。充電期間でもない。

「自分の残り時間を自覚し、未来に向けて貴重な投資をしたりチャレンジしたりする機会」

でした。

 

きっと、あなたにもこんな機会が訪れるときがあるでしょう。その時は、その機会にどんな意味づけをするつもりなのか、よく考えてみてください。そして、その意味づけをあなたの人生にとって有益なものにするかどうかは、あなた自身に委ねられているのです。

 

人生に「空白」などありません。

あるのは、「意味づけされた時間」と「そうでない時間」の2種類です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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